ブラームスとクララの関係

ブラームスの間奏曲118-2の譜読み真っ最中です。

曲の最初にはIntermezzo と書かれています。

それが間奏曲という意味であることは何となく理解しているのですが、意味が分かりません。なので調べました。

間奏曲(かんそうきょく)とは、間に演奏する経過的な楽曲(普通器楽曲)の総称。
Intermezzo インテルメッツォ(ドイツ語)、Intermezzo インテルメッゾ(イタリア語)と呼ばれるものにほぼ相当する。ただしInterludium インテルルディウム(ラテン語)、Interlude インタールード(英語)に相当するものを間奏曲と呼ぶこともある。また、entr'acte アントラクト(フランス語)、act‐tune アクトチューン(英語)、Zwischenakt ツヴィッシェンアクト(ドイツ語)は、インテルメッゾに含まれる概念である。
間奏とは、ひとつの楽曲の中で、声楽曲ならば声楽を伴わない器楽部分、器楽曲ならば主奏者(独奏者)が休止する部分のことである。

ふむふむ・・・・なるほど間奏だわ。←だから。

しかし、間奏なのになぜこの曲はここまで人の心を揺さぶるんだろうか?途中韓国ドラマに出てきそうなメロディも登場するので、こういう感じはアジア人受けするんだろうか?

間奏曲はop118という6曲セットの中の2曲目。ではほかの曲はどういう性格を持つんだろうか?なぜ6曲セットなんだろうか?不思議に思いまして、調べると・・・

ブラームス最晩年の作品の一つ。初期・中期の、オーケストラをそのままピアノに移したような雄大な曲想のソナタ・変奏曲を数々書いた後、1871年の「8つの小品 作品76」から「4つの小品 作品119」まで5つの小品集を書いている。ここでブラームスは、かつて多くの歌曲の中で見せた独特の和声調和や詩的内容の凝縮を再び試みた。ここで表現される感情の変化はもはや過ぎ去った過去の物であり、かつての若かった自分を懐かしむような穏やかな哀愁に満ちた旋律が心に深く残る作品である。その中でもこの作品118は最も演奏されることの多い作品だろう。

第1番「間奏曲」イ短調:上下に動く分散和音によって醸し出されるブラームス特有の音域の広い和声が非常に美しい。調性はイ短調だがへ調ドミナントではじまり最後はイ長調で終わり第2番への余韻を残す。

第2番「間奏曲」イ長調:この作品のなかでも特に単独で演奏されることが多い。懐かしさを感じさせる第1部では、同じモチーフの旋律が何度も確かめるように様々な和声進行で表れ、中間部では「かつての」思いが短調でメランコリックに、そして長調で内面的に奏される。

第3番「バラード」ト短調:前曲とは異なり力強い和音による情熱的な曲。中間部では一見つながりの薄いロ長調に移るが、ここで年老いたブラームスが表現したかったものは何だろうか。

第4番「間奏曲」へ短調:調性はへ短調に移るが、やはりここでも「かつての」激情だろう。左右交互に現れる三連符が落ち着かない印象を与える。一変して中間部では極めてシンプルな和声進行だけである。

第5番「ロマンス」へ長調:ブラームスは標題への意識は少なかったと思われるが、このタイトル「ロマンス」はこの曲の甘い曲想には誠に的を得ている。中間部の流れるような旋律は若い日の回想だろうか。

第6番「間奏曲」変ホ短調:迫り来る何かに対する不安さを切実に感じさせる暗い曲想で、主調をなかなか確立させない。中間部ではかつてのソナタなどの大作を思い起こさせる重厚な和音とオクターブを多用した、堂々とした雰囲気を醸し出すが長くは続かず、最後は疲れ果てたように静けさの中で終わる。


・・・・うーん、よくわからない。間奏曲が多いじゃないか。ソナタ形式のようなものとは違っていて、フランス組曲とも違っていて、セットの仕方は自由なんだろうか。

ネットを見ていくと気になる文章が。

『ピアノのための6つの小品』(ドイツ語: Sechs Stücke für Klavier)作品118は、1893年に完成したヨハネス・ブラームスのピアノ小品集である。ブラームスの存命中に出版された、最後から2番目の作品であり、クララ・シューマンに献呈されている

出たクララ!!
ブラームスってそもそもクララとほんとはどういう関係???

○R. シューマンの悲劇的な病と死ののち、クララは7人の遺児を育てながら休みなく演奏旅行を続け、ブラームスは地理的にはクララから隔たりながらも彼女をつねに支え、また支えられて、己の天才を開花させていった。高名な音楽家の未亡人であるスター・ピアニストと14歳年下の作曲家――彼らの友情のために用意された道はけっして平坦なものではなかったが、音楽という共通の人生の糧を分け合う心の往還は44年にわたって途絶えることはなかった。
ロベルト没後150年を経た現在でも不倫説が絶えないが、それを裏付けるものは全くない。事実として存在するのは、ブラームスとクララは生涯にわたって親交が深い友人であったということだけである。「フェリックスはブラームスの子供」という噂まで飛び交うほど、親密な付き合いであったといわれている。

○ブラームスはクララが没した翌年、後を追うように病没している。ブラームスはクララの危篤の報を受け取り汽車に飛び乗ったが、間違えて各駅停車の列車に乗ったために遠回りとなり葬儀に立ち会えず、ボンにある夫ロベルト・シューマンの墓へ埋葬される直前にやっと間に合い、閉じられた棺を垣間見ただけであったという。

○本名:ヨハネス・ブラームス
出生地:ドイツ ハンブルグ
生年月日:1833年5月7日(おうし座)
星の数ほどの女性が人生に登場するも、その恋愛が盛り上がるとブラームスの方から逃げていく…女性からすると、こういうタイプもかなり面倒だったりしますね。
そんな偏屈なブラームスにも、ずっと敬愛しつづける女性がいたようです。それは自分の大切な恩師の妻であり、14歳も年上の女性でした。
《苦労を重ねた幼少期》
ブラームスの父は、ダンスホールや町の楽隊で演奏するコントラバス奏者でした。裕福ではありませんでしたが、小さい頃から音楽の手ほどきは受けていました。ただ、家庭を養うために若い頃はハンブルクの売春宿でピアノを弾いていたといいます。
「数ヶ月沖に出ていた帆船が入港すると、船内から船乗りたちが女を求めて猛獣のごとく姿を現す。するとその半裸の女たちは彼らをいっそう駆り立てようと、ダンスや接吻、抱擁の合間にぼくを膝に座らせてわくわくさせたものだ。それが女性の愛についてぼくが最初に受けた印象なんだ。」
ブラームスの恋愛観はこうした幼少期の出来事が作用しているのか、彼は一生結婚もせず束縛されず、単純でお金で買う愛も普通にころがっている…そんな生き方をしてゆきます 。
《シューマンとの出会い》
ブラームスのピアノ演奏の実力は悪くはなかったものの、性格的に地味なこともあって、演奏家には向いていなかったようです。その代わり、作曲家を生業として切磋琢磨しているうちに、20歳の頃、彼はシューマンの元へ出向き書き溜めた曲を次々と披露。43歳のシューマンはこの若い作曲家の才能にすぐにほれ込み、ブラームスを世に送り出す記事を書いたり、出版社への売り込みのサポートもしていきます。無名で新人のブラームスが活躍できたのも、このシューマンのサポートがなかったら決してできなかったことですね。
《追いかけては逃げる-やっかいな性格》
若い頃のブラームスは、金髪に青い瞳のイケメンタイプ。周りの女性も実力のある若くてかっこいいブラームスを放っておくはずもなく、何人かの女性と仲良くなっては離れるということを繰り返していたようです。ブラームスは付き合いだすと結婚を考えずにはいられないようだったのですが、結婚したら自由でいられなくなってしまう・・・というジレンマも抱え、結局は関係が盛り上がるとブラームスの方から逃げてしまうようでした。
《14歳年上の恩師の妻への恋心》
青年時代はもてていたブラームス。20歳のときに出会った恩師、シューマンとの出会いが彼の恋愛人生に大きく影響します。ブラームスの才能にほれ込んだのはシューマンだけでなく、その妻で実力派ピアニストだったクララもそうでした。1854年シューマンは自殺を図り、精神病院に入ることになってしまいます。その知らせを聞いたブラームスはすぐにクララのもとに駆けつけ、シューマン夫妻のこどもの世話から家事にいたるまで家族のようにクララを支えたといいます。そして、「愛するクララ。あなたをこよなく愛しています。」という手紙も見つかっています。14歳も年上のクララと若きブラームスの仲の良さは、周囲にもはっきりと分かるようになり、入院中のシューマンもそれに気がつき、そのショックもあって精神的にますます悪化させたという説もあるほど。自殺騒動から2年。シューマンは入院中に亡くなってしまいます。 では、シューマンの死後ブラームスとクララはどうなるかというと・・・結局二人は別れてしまいます。 理由は確固たる証拠があるわけではないのですが、もともとブラームスはマジメな性格。自分の存在でクララが完璧な女性でなくなることを恐れて、ブラームスの方から離れていったのではないかといわれてます。
《離れてはまた戻り・・・》
クララのもとから離れたブラームスは、アガーテという女性に恋をして婚約まですすんだものの、「結婚して束縛されたくない」という手紙を残してアガーテからも去ってゆきます。そして、こともあろうにクララの元にまた戻っていきました。その後もブラームスは他の女性と仲良くなっては自ら別れを告げ、またクララのところに戻るということを繰り返し行いました。そのたびにクララは寂しい思いをしたのではないでしょうか。そんなこんなでつかつ離れずな関係をずっと続けたブラームスとクララ。その関係はクララ76歳でその命を閉じた瞬間まで続いたといいます。 生前、この二人は作品や演奏について相談したり議論をする、最高の友人といってもいい関係でもありました。二人の関係がプラトニックだったのか、そうではなかったのか…そこまでは私たちの知る由もありませんが、これほど長い間最高の友人関係が続いたとなると、あくまでも二人の関係は男女の関係を超えた精神的なつながりだったと思わざるを得ません。

○しかしながら、クララは若き友がどこにいようと独占的な態度で振舞います。彼女の娘のユーリエの結婚を知り落胆した彼を見ても、彼がユーリエを愛していたかもしれないことを受け入れられません。生涯にわたり、彼女は、彼の作品の第一理解者であろうとし、彼の経験を広めるいかなる機会も逃さず、彼が失望すれば慰め、謝礼金、俸給額、投資といった実際的事柄についてまで助言をしました。彼は、20歳から63歳になるまで毎年、彼女に誕生日カードを送り、彼女の財政危機を知れば援助し、彼女の死の11ヵ月後に生涯を終えます。


あちこちから拾ってきました。
なるほど、これは確かに、ブラームスの人生はクララ抜きには語れないのかも。

だけどこう読む限り精神的な結びつきは強くただの友情ではなさそうだけど、そういう関係にならなかったのはどうしてなんでしょうね。

実際のところは何にもない、プラトニックだからこそ、余計に強い結びつきに感じてしまうのはわたしだけでしょうか。

それともそんなことを考えるのは、年齢のせいなのかしら。

性的な関係を持つよりも精神的な強い結びつきのほうが、純愛で、罪な気がします。




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4 Comments

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2018/03/21 (Wed) 17:29 | EDIT | REPLY |   

Nekoushi  

私も、ねこぴあのさんと同じで、

> 実際のところは何にもない、プラトニックだからこそ、余計に強い結びつき

の説に賛成です(*^▽^*)

ブラームスにとってクララは、恋愛の対象である以上に尊敬すべき対象だったというか、女神様的存在だったのかなぁと思います。
そうじゃなかったら、一生親交が続くなんてなかったんじゃないかな~

もっともらしいことを書いてしまいましたが、私は本当は男心も女心もよく分からないタイプです!笑

2018/03/22 (Thu) 07:04 | EDIT | REPLY |   

ねこぴあの  

鍵コメさんへ

それはいいですね〜作曲家のこと、作曲された背景など知るのは面白いですよね!
いいなあ〜しばらくコンサート行ってないので行きたいです(*^^*)

2018/03/23 (Fri) 08:44 | EDIT | REPLY |   

ねこぴあの  

Nekoushiさんへ

同意見ですか〜
44年にわたる親交ってすごいですよね。
通信手段がお手紙だったこともすごいと思います。
愛するクララなんて書いて送ったら、お返事を今か今かと待つだろうし開封するときドキドキしただろうなあとか。
ブログのコメントのやりとりも、お手紙交換みたいでわりと好きです♪
男心わたしもわかりません(笑)男女のことにはかなりうといです(^^;;

2018/03/23 (Fri) 08:52 | EDIT | REPLY |   

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