ゆっくりでもきれいに、ゆっくりでもきれいに
四分音符108まできたところで、音が気持ちよくなくて、ハッと我に返りました。
・・・・こんな入ってない音じゃ、絶対レッスンで言われる・・・・
きちんと入った音で弾こうと思い速度を落としてみると、全然弾けない。え??
能面のような顔で無言でメトロノームの速度を思い切り落とす。弾けない。・・・ホワイ???
メトロノームを止めて超絶ゆっくり片手でやってみる。弾けない。・・・・・モシモシ??( ̄□ ̄|||)
だめじゃん・・・・と、取り出し練習。なんでだ、なにがいけないんだ。壊れたレコード状態突入。
ちゃんと入った音で縦がずれずに速く弾くとなると、これは・・・・ツェルニー30番レベルではないのではないか?と疑問になる。
一瞬、弾けるようになるんだろうか・・・・と脳裏をよぎる。その考えを振り払い、メトロノームをものすごくゆっくりから速度をひとつすずつ上げていく。
その時だった。
「108ィ?・・・はっはっはっ・・・・・」
後ろから声がする。
振り向くと、Nekouma先生が立っていた。顔は笑っているが、目は笑ってない。
またこの人だ・・・・前にも来た。こんな笑顔を向けられるくらいなら、まだ前みたいににこりともしないほうがいい。
「あなたは・・・・確か・・・・。拍子や縦なんかがずれてるのが自分でも分かって気持ち悪くて、だけどそれを直そうとすると、全然、速く弾けないんです」
「きちんと聴こうとしているから、速度をあげられなくなったんだよ」
「どうしたらいいんですか?」
「きちんと弾ける速度で聴ける速度で弾くことだ。速く弾かなくていい」
「・・・でも・・・・それじゃだめです」
「どうして?」
思いのほか、少し優しい口調になったので、素直に答えてみた。
「だって、この曲は速いんです」
ため息が聞こえる。
どう頑張ってもできるようにならない悔しさ。中年から始めてできるようになるわけないという開き直り。馬鹿にされているような恥ずかしさ。あまりに一瞬に湧き上がる感情で、自分では自分の感情が自覚できない。
「・・・・速くてぐちゃぐちゃの音と、ゆっくりでもきちんと弾いている音と、君はどっちを聴きたいんだい?」
先生の顔が浮かぶ。
「・・・・ゆっくりでもきちんとのほうです」
「君の先生が、何度も何度も、ゆっくりでもきれいにと言っているのに、なぜわからないんだろうね」
ムカッとする。先生に言われたことやってきてるのに。
「速く弾けたらかっこいいけど、遅いと、ああ弾けないんだなって、カッコ悪いです」
ふと、弾けない手でぶっ通しで速く弾いて腱鞘炎になった幻想即興曲を思い出す。
「人にどう思われるかが重要?君は、誠実にきれいに弾いているゆっくりの演奏をカッコ悪いって思うのかい?」
思わずうつむく。
自分が恥ずかしい。
「・・・・いいえ」
顔を上げると、いなくなっていた。
「Nekouma先生!わたし・・・・・ゆっくり練習します!」
自分でも思いがけず、先生と呼んでいた。
答えは、もう聞けなかった。
※Nekouma先生とは→nekopiano115.blog.fc2.com/blog-entry-1205.html