ピアノの神様に愛された人
栃木の田舎のホールですが、小山さんは毎年来てくれて、良心的な値段でコンサートをしてくれます。
そのこと自体が申し訳ないのに、クラシックのファンが少ないのか、いつもマナーの悪い客がいて、客席は満席になりません。
奇跡的に前から2列目の手元がばっちり見える席だったので、期待と興奮が高まる中、
小山さん、どう思うだろう・・・・
フジコヘミングさんのときはほぼ満席だったのに・・・・
小山さんは世界のピアニストなのに・・・
と、悲しい気持ちで開演を待ちました。
パッと舞台が明るくなり、小山さんは、いつも通りの笑顔で現れました。
客席をすみずみまで見渡して、深いお辞儀。
いつも通りの、かわいらしく、穏やかで、きれいなオーラでした。
1曲目は、シューマンの花の曲。
シューマン亡き後もクララが生涯弾き続けたというその曲は、初めて聴くものでした。
右手も左手もよく見えます。
横顔ですが表情も見えます。
なんて贅沢・・・・・
2曲目はシューベルトの即興曲142を全曲でした。
小山さんのCDで何度も聴いているのですが、生は、まるで違いました。
すごい・・すごすぎる・・・・・
休憩をはさんで、次はショパン。
まずは、大好きな、ピアノ協奏曲ピアノ独奏で第2楽章「ラルゲット」。
この曲は、まさに小山さんのCDで、何度も何度もリピートして聴いていた時期があります。
きっと小山さん、この曲を好きなんだな・・・
ああ、期待通りの音が来る・・・・
そうそう、この音が、大好きなんだよ・・・・
最後は、ショパンのピアノソナタ第3番全楽章。
手は鍵盤の上をはったり、指を上から降ろしたり、弾いたらパッと高くあげたり、手首の使い方もずっと同じ高さが続くかと思えば、上げたり下げたり回したり。手首に力はまるで入ってないのだろうか?と思いきや、息を吸って一気にフォルテがきて、もうたまりません。
絹でできた薄い布がふわ・・・っとかかってそれが波打つかのように息をのむ美しさがあれば、男性がひいているんじゃないだろうか?と思うほどの強靭な力強さで、でも決してうるさくなく深く、確実に鍵盤を狙い、潔く指をおろすかと思えば、まるで赤ちゃんのほっぺを優しくいとおしそうになでるかのようになったり。
上半身はまったくぶれがなく、腰は安定していて浮くこともなく、そうかと思えば、前のめりになったり、背筋を伸ばすような動きもあり。
微笑みながら弾く時もあれば、目を閉じているときもありましたし、鍵盤を真剣なまなざしでずっと見ている時も。
曲と曲との間の空気は、もう誰も声をかけられない、誰にも邪魔なんかできない、彼女だけのものでした。まるで見えない何かでバリケードがかけられているかのよう。
ひとつの曲が弾き終わると、手をふわっとあげたまま、もう次の曲の準備に入っていくのが分かりました。
わたしが過去に彼女のコンサートでぼろぼろ泣いてしまったのは、オーチャードホールの音の旅の、アンコールのラ・カンパネラのときでした。
今日は、席が近かったからでしょうか。あまりのすごさに、何度も涙が。
ここまでくるまでの努力。
ピアノへの愛。
プロとしての意識。
挑戦し続ける真摯な姿勢。
そういうものがもう理屈ではなく伝わってきて、音のきれいさ、曲の美しさとともに、ぶわっと包まれました。
ああ、この人は、本物のピアニストだ・・・プロって、こういうことなんだ・・・
ピアノの神様に選ばれた人・・・・
同じ時代に生まれて、この演奏を聴けて、見れて、本当に幸せ・・・。
アンコールは、スクリャービンの左手のためのノクターン2番、シューベルトの即興曲90の3、ショパンの英雄ポロネーズでした。
泣いた顔で拍手したり、満面の笑顔で拍手したりしました。打つ手は自然と高い位置になり、音も大きくなります。
小山さんは、何度も何度も、深いお辞儀をしました。
かわいい笑顔で。お人柄のにじみ出る謙虚な笑顔で。
ありがとう・・・・ありがとう・・・・
放心状態で友達と会場を出ると、
なんと後ろから小山さんが歩いてきました!!
えっうそでしょ???
わあ・・・・と立ち止まって、目の前を通る彼女に、「ありがとうございました」しか言えませんでしたが、友達は「11月のオーチャードホールも行きます!頑張ってください!」と目を合わせて会話を!!
ひ~~~~~!!やったね!!!
興奮冷めやらず、ホールを後にして、二次会。
2時間くらいしゃべってたかな??
たくさん話せて、楽しかった!!
出会えて、ほんとによかったです。
家に帰ってきたら誰もいなかったので、洗濯物をとりこみ、お風呂を沸かすと、急いでピアノのふたを開けました。
弾きたくて弾きたくてたまらなかった。
練習したのは、ツェルニー30の18と、インベンション7番。
ピアノの神様には愛されなくても、ピアノを愛している!!