ピアノの駄サイクル

駄サイクルって言葉、聞いたことがありますか?

駄サイクルとは、石黒正数著「ネムルバカ」の鯨井ルカの造語だそうです。

具体的には

 (主に創作活動において)「見る→褒める→作る→褒められる(以下ループ)という需要と供給が成立した自己顕示欲を満たすための完成された世界から抜け出そうとしない」自称アーチストの活動(笑)のこと。
自称アーチストというのは常々やってて楽しいと思える程の練習はするが、本当に身になる苦しい修行はツライからせず
一方的に発表できる個展はするが、正式に裁きを受けるコンペやコンクールは身の程知るのが怖いから出ず
馴れ合いの中で自分が才能あるアーチストだと錯覚していく。
「需要と供給が成立した自己完結している世界に浸ること」が必ずしも悪いとは言えない。
重要なのは、本人の姿勢、目標と、駄サイクルという輪の中にいると気づいているかどうか。
「(駄サイクルの輪にいると自覚したうえで)自分は創作活動を趣味の範囲で楽しめればそれでいい」というスタンスの者が自己完結した世界で楽しむのことは決して悪い事ではない。
問題なのは、プロになりたい、もっと技術が上手くなりたいと言ってるにもかかわらず、駄サイクルという馴れ合いの輪にいると気づかない、もしくは気づいていても駄サイクルから抜け出そうとしない者である。
そういう現状に満足している者は、えてして技術の向上や厳しいプロデビューは望めないないものだ。

以上ネットからのコピーです。


この駄サイクルというものに、自分は経験としての実感があります。
自分がアーティストだなんてたわけたことは考えたこともありませんが、昔、ここじゃないところでブログをしていた時、演奏をアップしたら「ほめコメント」を待ってましたし、誰かがアップしたら、できる限り「ほめコメント」をするようにしていました。「ほめコメント」ってのは、あれです。「素敵ですね!」とかそういうの。

ピアノのコミュニティ(こうしたブログもオフ会もサークルもすべて含めて)って、そうじゃない場合もあるけど、たいていは演奏を披露しあうという形で成り立っていますよね。でも演奏へのコメントって、実はすごく難しいと思いませんか?

その曲を弾いたこともないのにこんなうまい人にわたしなどが・・・とか、いいとは思えなかったけどこういうものなのかな・・・とか、いいなと思うけどなんて表現したらいいかわからない・・・とか。もっとこうしたらいいのに、とか思ってもアドバイスを求めてない人になんか言ってもなあ(しかもわたしのようなものが)とか、もそうです。

となると、「ほめコメント」以外は書けなくなるし言えない。

なんでこんな話をしてるかっていうとですね。

先日オショーズ主催のコンサートがあったのですが、その後で、弾いたオショーズに弾かなかったオショーズが辛口コメントをしている場面に居合わせて、考えさせられたからです。

その場にいたわたしは、内心ひやひやしながら黙って聞いていたのですが、言われてる方は、謙虚に受け止めていました。

信頼関係があるからこそ、なんだよなあ・・・・と感じましたし、こういうことを言い合える関係性って、いいなあ、と思ったのです。

はたして自分に言ってくれる人はいるか?

先生はもちろん言ってくれます。オショーズも。

時々コメントでこうするといいと言ってくれる方も1名いますが、いずれも、長いお付き合いがあるか、信頼している人であること、限られた人しかいないこと、に気が付きました。たまに明らかな批判コメントがきますが、それは範疇にいれないとして(笑)。


そうしたらふっと、冒頭に書いた、駄サイクルのことを思い出したんですよね。

見る→褒める→作る→褒められる(以下ループ)という需要と供給が成立した自己顕示欲を満たすための完成された世界から抜け出そうとしない

自分はまさにそうだったかもです。

褒め合う関係性が当たり前だと思っていたし、褒め合って何が悪いの?とも思っていました。

(駄サイクルの輪にいると自覚したうえで)自分は創作活動を趣味の範囲で楽しめればそれでいい」というスタンスの者が自己完結した世界で楽しむのことは決して悪い事ではない

とあるように、それはそれで悪いことでもないのです。

実際、大人のピアノ弾きの交流には、自助グループ機能があると思っています。共感しあったり、認め合ったり、応援したり、励まし合ったり、そうして頑張れることもあります。

でも、

そういう現状に満足している者は、えてして技術の向上や厳しいプロデビューは望めないないものだ

とあるように、向上しあう関係性ではないなあとも、思うようになりました。プロデビューなんかしませんけどね(笑)


前述したように、信頼関係がないと、時に厳しい辛口コメントを言い合える関係性は成り立たないから難しいとは、思います。

わたしは過去に、人から言われたコメントで傷ついたこともあるし、それが原因で距離ができたこともあります。

それでも・・・・いいところを認め合ったうえで、お世辞抜きの、よくなったところ、よくなかったところを言い合える関係性があったら、やっぱり理想なんだろうなあとは思ってます。
















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6 Comments

ina-kibi  

NoTitle

いろいろな仲間がいるからよいのではないでしょうか?と思いました。
何かを教えてくれるお仲間がいたり、ひたすら聞いて受け入れてくれるお仲間がいたり、いいところを見つけて褒めてくれるお仲間がいたり。もちろん、先生につしてらっしゃる方であれば、きっと先生がいろいろ教えてくださるでしょうしね♪

ねこぴあのさんは、とても素晴らしい環境で学ばれていると思います。
ご自身の努力と、それによってつながったご縁の賜物でしょうね~。
どうか安心してピアノに向かってくださ~い!

>それでも・・・・いいところを認め合ったうえで、お世辞抜きの、よくなったところ、よくなかったところを言い合える関係性があったら、やっぱり理想なんだろうなあとは思ってます。

私にもいませんけれど・・・、想像するに・・・
何かを一緒に創り上げるとか、苦楽を共にするとか、やはり特別な経験を共有するとを通して、そういう率直な関係性が持てるようになるのかもですね・・・。
お互いが、宝ものですね。

2016/12/10 (Sat) 12:36 | EDIT | REPLY |   

ねこぴあの  

ina-kibiさんへ

>いろいろな仲間がいるからよいのではないでしょうか?と思いました。
何かを教えてくれるお仲間がいたり、ひたすら聞いて受け入れてくれるお仲間がいたり、いいところを見つけて褒めてくれるお仲間がいたり。もちろん、先生につしてらっしゃる方であれば、きっと先生がいろいろ教えてくださるでしょうしね♪

確かに・・・!!ほんとそうですね。
考えてみると、ものすごく話はそれますが、なぐさめてほしい時励ましてほしい時に夫はまったくわたしの期待に応えません(世界中に何を発信してるんだ、笑)。
役割??みたいなものがありますね。アドバイス欲しい時はこの人、本気で落ち込んでてただ聞いてほしい時はこの人、一緒に飲んでぐだぐだ言いたいときはこの人、みたいな(あれ?違います?笑)

>ねこぴあのさんは、とても素晴らしい環境で学ばれていると思います。

ピアノ以外では辛酸をなめてきましたが、ピアノでは恵まれました。感謝です・・・。

ina-kibiさんには過去に何度も何度もコメントで励ましていただき温かい気持ちをいただきました。
こんな記事誰も反応しないだろうな~ってやつにもコメントくれたりして・・・中学生ぽい方との動画と合わせて娘さんとインベンションを聞いてくださったときのコメントなど、本当に嬉しかったです(涙)。

こうして、いただいたものって、忘れないし、肥やしになるし、受け取った人は、また誰かにそれを渡せるから、やっぱり駄サイクルだろうといいじゃん!という気もしてきました・・・・・(笑)




2016/12/10 (Sat) 14:35 | EDIT | REPLY |   

私はタワシ  

NoTitle

とても興味深く、ちょっぴり耳に痛いお話でした~

私自身は、
>自分が才能あるアーチストだと錯覚していく
これは絶対ないと確信を持って言えますが、
>常々やってて楽しいと思える程の練習はするが、本当に身になる苦しい修行はツライからせず
→これはどんぴしゃりで当たってる!
ねこぴあのさんはこの点では全く当てはまらないので安心してください(笑)
>正式に裁きを受けるコンペやコンクールは身の程知るのが怖いから出ず
→ス○ップとか関心ないのですが、そういう深層意識があるからでは?という見方もあるかもね

それはともかく。
私のような独学者が、駄サイクルの輪の中に安住してしまうと確かに良くないと思うんですよ。
でもねこぴあのさんは宗方コーチのような先生に就いてて、さらにオショーズにもアドバイス受けていて、問題点ははっきり指摘してもらえているわけですから、大丈夫ですよ~
ねこさんのフルタイムで忙しく働く中でのあの努力とピアノへの並々ならぬ情熱を思うと、「先生もうちょっと褒めてあげてもいいんじゃない?」と思うこともありますから、ブログのコメントやサークルでは「褒められポイント」を補充してもいいんじゃないですかね?アメとムチのバランスは大事ですよ~(笑)

あ、それと。いなきびさんの、
いろいろな仲間がいるからよいのでは
というコメントには全く同意します。
私は小麦粉担当ですね(笑)

2016/12/11 (Sun) 09:01 | EDIT | REPLY |   

ねこぴあの  

タワシさんへ

タワシさんのお人柄あふれるコメントに和みました^^

>ねこさんのフルタイムで忙しく働く中でのあの努力とピアノへの並々ならぬ情熱を思うと、「先生もうちょっと褒めてあげてもいいんじゃない?」と思うこともありますから、ブログのコメントやサークルでは「褒められポイント」を補充してもいいんじゃないですかね?アメとムチのバランスは大事ですよ~(笑)

(笑)(笑)
そう言われてみたらそうかもしれないですね~・・
もっとも、サークルではほめられるということはあまりないですが・・・・(;´▽`A

ブログならではのよさってありますよね。
何度もお会いしているピアノ友達がいたとします。
でも多くはその場限りですよね、特に音を聴くのは。
でも、それだけじゃなくさらに特定の個人に関心を示し、「わざわざ」ブログを読み、「わざわざ」読み続け、「わざわざ」音を聴くって、やっぱりその人を好きなんだと思うんですよねえ。少なくともわたしはそうです。誰もが暇じゃないですしね。
コメントするとなると、さらに「わざわざ」ですよ。すごくないですか?(笑)
そう考えると、感謝です、ほんと・・・。

色々な仲間がいるから、ほんとそうですね。
小麦粉担当(笑)(笑)
わたしは何担当だろう~~まさか妄想じゃないですよね?(笑)

タワシさんは時々オショーズにアドバイスを「わざわざ」いただいているから、純粋な独学者とはまた違うような気もしますよ。












2016/12/11 (Sun) 12:56 | EDIT | REPLY |   

ゆき  

NoTitle

>その曲を弾いたこともないのにこんなうまい人にわたしなどが・・・とか、いいとは思えなかったけどこういうものなのかな・・・とか、いいなと思うけどなんて表現したらいいかわからない・・・とか。もっとこうしたらいいのに、とか思ってもアドバイスを求めてない人になんか言ってもなあ(しかもわたしのようなものが)とか、もそうです。

わぁ、このところ、10月の発表会に伺った時まさにそう思いました!

以前参加したことのあるピアノの会で、演奏への感想(批評含む)が原因で大きなトラブルに発展し、会の解散まで追い込まれたことがあります。
この会の関係者が集まる会では、その後、演奏への感想は一切言わない、というルールが追加されました。
また、演奏への感想は「良かったです~!」以外は言えないような空気感の会もありました。

これらのやり方にも、そうなった過程があり、トラブルも防げるし、その日の演奏がダメでも傷つかない、という点では良いのかもしれません。

実は、以前通っていたジャズピアノ教室を辞めた理由の一つに「先生が過剰に褒める」というのがありました。大人になってからの習い事に求める優先順位で「楽しいこと」が一番、という考えの人から見れば、何で?と思うかもしれません。

ですが、私の場合は、「教室に通う」=「技術の向上・取得」が目的なので、本当に弾けるようになっているのだろうか?という疑問がずっとぬぐえないままだったんです。

アマチュアなりにも上達を望むのなら、理想かもしれませんが、ねこぴあのさんのおっしゃる通り、「いいところを認め合ったうえで、お世辞抜きの、よくなったところ、よくなかったところを言い合える関係性」ができたらいいな、と私も思います(^^)

2016/12/12 (Mon) 09:33 | EDIT | REPLY |   

ねこぴあの  

ゆきさんへ

ゆきさんおはようございます^ ^
わたしは今ピアノの練習会に行くところです。ゆきさんともまたご一緒したいです♪

>演奏への感想(批評含む)が原因で大きなトラブルに発展し、会の解散まで追い込まれたことがあります。

うーん…そこまで…
でも、ありうるんですよね、やっぱり人の集まりだから…。
わたしちょうど昨日、ピアノの集まりにおける人間関係について考えていたところでした。
結局、ピアノを通して集まっているけど、ピアノそのものよりも人柄が重要だと考えてました。
しかし知識や技術面で向上もしたいのです。
わたしも過剰にほめるレッスンは、だめかもしれません(^_^;)
かといってダメ出しばかりでも続かない…(^_^;)
でも、いいところを認めつつ、その上で言われる、よくしようと思ってくれてるのが伝わる、そういうアドバイスは受け入れられますよね。
その人との関係性はもちろんそうですが、言い方というか伝え方も重要な気がします。

理想と考える関係性を作れるぴあ友さんがいたら、それは人生の宝なのかもしれませんねえ。

2016/12/13 (Tue) 08:37 | EDIT | REPLY |   

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